鹿児島県の下甑島。
その険しい岸壁や岩場に、ひっそりと咲く希少な花があります。それが、国の絶滅危惧I種に指定されているラン科植物「薩摩千鳥」です。
園芸品種は一般に出回っていますが、自生種は下甑島の限られた場所にしか生育しておらず、人目に触れることは稀です。
薩摩千鳥はウチョウランの一種であり、根から約20センチメートルの茎を伸ばし、細長い葉を持ちます。茎の先端には小さな白い花が咲き、その花びらには淡紫色の斑点が入っています。花期は6月から7月と短く、その美しさは一期一会。自生種を見られるチャンスは限られています。この美しい花が厳しい自然環境の中で静かに咲いている姿を想像すると、その希少性と美しさに一層魅了されます。甑島の青い海と切り立った岩肌を背景に、淡い紫色の薩摩千鳥が静かに咲いている光景は、穏やかな静寂と美しさの調和に満ちています。
貴重な蘭である薩摩千鳥について考えているうちに、映画「アダプテーション」を思い出しました。この映画は、希少な蘭を採集する男性、その男性を題材にした女性作家、そしてその小説を映画化するために脚本を書く脚本家の物語です。スパイク・ジョーンズとチャーリー・カウフマンによる独創的な物語で、ランに魅了された男性をクリス・クーパー、女性作家をメリル・ストリープ、脚本家をニコラス・ケイジが演じています。
映画の中で、幻の蘭を探すクリス・クーパーに同行する女性作家が、ついに幻の蘭を発見します。しかし、それはささいな花であり、彼女は少し落胆します。蘭に夢中になっていた男性に少なからず好意を抱いていた彼女も、その瞬間に冷めてしまうのです。何かに夢中になることの美しさを感じていたものの、それが他人には同様に映らないことを痛感する場面です。その男性には自分の中で確固たる信念があるため、蘭を収集することに価値を見出しているのでしょう。
さて、薩摩千鳥です。愛らしい紫色の花を咲かせるこの蘭は、鹿児島の下甑島にのみ自生していることから、「さつま」という名がつけられたのでしょう。甑島千鳥でもよかったかもしれませんが、個人的には「薩摩千鳥」という名称の響きが、どこか素朴でありながらも上品な雰囲気を感じさせるので気に入っています。